音楽

NEU!『NEU! 2』

NEU!『NEU! 2』

名盤ファーストに続くセカンド。ここまで分かりやすい「セカンド」のアートワークがあるだろうか。Neu!のポップセンスが炸裂している。しかもその音楽性は、良くも悪くも本当に「Neu!」をリサイクルして上から「2」と看板だけ変えたようなものとなった。

トラックリスト

評価は黒字 < 太字 < 赤字 < 赤太字
下線付きはリードトラック、★付はベストトラック

# 曲名 作詞 作曲 編曲 プロデュース 時間
1 Für immer Neu! Neu! Conny Plank, Neu! 11:17
2 Spitzenqualität Neu! Neu! 同左 3:35
3 Gedenkminute (Für A+K) Neu! Neu! 同左 2:06
4 Lila Engel (Lilac Angel) Neu! Neu! 同左 4:37
5 Neuschnee 78 Neu! Neu! 同左 2:32
6 Super 16 Neu! Neu! 同左 3:39
7 Neuschnee Neu! Neu! 同左 4:07
8 Cassetto Neu! Neu! 同左 1:48
9 Super 78 Neu! Neu! 同左 1:36
10 Hallo Excentrico Neu! Neu! 同左 3:44
11 Super Neu! Neu! 同左 3:11
Review 67 / 100

シングル「Super/Neuschnee」の録音を挟み、約1年ぶりに作成したアルバム。内容はアートワーク同様「いかにもセカンド」と言った感じで、前作の「Hallogallo」を変奏した「Für immer」で幕を開け、音響アプローチによる楽曲が来て、再びバンド演奏の「Lila Engel」が来てA面が終わる。おおむね同じ美学と作曲論から構成された、ファーストの延長線上にある作風だ。

悪名高いのはB面、tr.5以降なのだが……
まずはふつうに曲を抜粋して見ていこう。


tr.1 Für immer

ファーストの「Hallogallo」に天啓を得たリスナーにとっては、セカンドに求めるもののおおよそ全てが揃っており納得と満足のすごい曲。Hallogalloはオリエンタルなフレージングだったが、こちらはしっかりピアノの鍵盤、12音階にのったメジャーアドナインスの燦々・煌びやかな空気で爽やかに進行していく。前作より楽器数も増えており(12弦ギター、電子ピアノ、バイオリン、シタール)、中盤では大胆なエフェクト実験も挿入されてと、この辺も本当にいかにも「セカンド」アルバムという感じがして微笑ましい。名曲。ちなみに曲タイトルの意味は「永遠に」である。カッコヨ!!


tr.4 Lila Engel

あまり取りあげられないが、Neu!はクラウトロックだけでなく、「プロトパンク」と形容されるバンドでもある。ロックンロールの熱そのままに、不明瞭なボーカルとともにワンコードでて突き進む姿は、The Velvet Undergroundと違う異形の世界を確かに鳴らしていた。「しびれ/めまい」以前のゆらゆら帝国・坂本慎太郎も大いに参考にしたであろう。個人的には、UKポストパンクの雄、Swll Mapsのファーストを彷彿とさせる。


tr.11 Super

シングル曲。ハンマービートだが、tr.4同様にプロトパンクのような1曲。この曲を聴いて誰もが連想するのはStereolabの2nd/3rdだろう。シャウト気味なボーカルもあって、なんとなくPixiesがカバーしているイメージも浮かぶ。カッコイイ。


さて、この辺の楽曲には何も文句がないのだが、問題はB面である。物議を醸したその構成を、制作エピソードを踏まえてみてみよう。

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「B面」のクリエイティブ

本アルバムのレコーディング中に制作予算が尽きた彼らは、なんとリリース済みのシングル2曲のテープいじりまわすことで5曲を錬成し、その尺を埋めた。例えば「Super 78」は、原曲を78回転──つまり1.7倍速で再生したトラックだ。いまでいう「ナイトコア」な訳だが、そのリリースは批評誌からの非難と、リスナーからの困惑をもたらしたとされる。

今聞くとなんとなく笑い話のように感じるが、実際はもっと「マジメ」「深刻」なものだったようだ。

まずマジメだったのは発案者のKlaus Dingerである。

(Klaus)僕らはシングル『Neuschnee/Super』を録音していたんだけど、所属レーベル(Brain Records)はそれを理解できず、採用したがらなかったんだ。当時のシーンでは、バンドがシングルを出すなんてことはまずなかったからね。資金が底をついた時、僕はそのシングルを引っ張り出して、いろいろいじってみて、その結果をアルバムのB面に収録しようというアイデアを思いついたんだ。

──この場合の「いじってみる」とは、トラックを通常速度でB面に収録するだけでなく、16回転や78回転で再生したバージョンも収録することだよね。(中略)つまり「ポップな問題に対するポップ・アートの解決策」ということ?

(Klaus)もちろん。それは完全に私のアイデアだった。私はポップアートの世界から来た人間だからね。

POP誌-1998-10月号

深刻だったのは、そのアイデアがMichael Rotherとの関係に影を落としたことである。
ミヒャエルはそのアイデアを気に入らなかった。彼は最近、NEU!のすべては50:50だったと主張している。金銭的にはそうかもしれないが、クリエイティブ面では違う。彼は常に非常に保守的だった。

なんともバンドは難しい。つまりこのアプローチは二人の方向性の違いを浮き彫りにしたのである。クラウスにとっては資金難から繰り出した痛快なポップアート・アプローチで、ミヒャエルにとっては不純な創作だった訳だ。もちろん今の目でみると、これはRemix盤のようなもので、クラウスは「時代を先どった」と言うことは出来る。

が、自分は先のRatingの通り、割とミヒャエル寄り側に立ってしまうリスナーである。試み自体は面白い音像を生んでいる。が、それを提示するアルバムとしての曲順にまず疑問があるからだ。仮にSuper→Super 78→Super 16のようにオリジナル→Remix…となっていれば意図を汲めた。このアトランダムな曲順が、何か流れを、意図を提示しようとしたものとは思えないのである。むしろ邪推するなら、その手法を誤魔化したような並びに感じてしまう。

ただ、ここから1曲取り上げるなら「Super 16」は面白い。その名の通り「Super」の回転数を落とした本曲は、意図せずして「インダストリアル」や「スラッジ・メタル」を視界に捉えている。ここに自分は、白骨化したMelvinsのような幻影を見る。もちろん、彼らが実際にデビューするのはおよそ15年先な訳だが。

・・・・・

なんといったって本作は1973年の話なのだ。本当に早い。そしてそれは「未来を見ていた」というよりも、「現在(いま)でないものを見ようとしていた」姿勢によるものだと思われる。

ファーストが気に入った方はぜひ聴くべき一枚である。そしてこのB面をあなたはどう聴いたか、ぜひ聞かせてほしい。
そしてNeu!の旅は終着へと向かう。

CAN 『Tago Mago』(1971)

クラウトロックを聴くなら避けては通れない王道中の王道。Dr. Jaki Liebezeitのドラムはクラウスのそれと並ぶ反復の極北。ただ、あらためて聴くと意外と「反復」してないし、しかし執拗に「反復」もしていると感じるはずだ。両者を比べて見えてくるものは非常に多い。Neu!が直線なら、Canは渦巻きとでもいうだろうか。

Stereolab 『騒音的美学の終焉』(1993)

自他ともに認めるNeu!チルドレン。同時に、多くの祖先を持つ継承者でもある。特に注目すべきは、The Velvet UndergroundとNeu!の邂逅とでもいうべき、18分にも及ぶ「Jenny Ondioline」。付け加えると、さらにRhys Chatham『Factor X』の「Guitar Ring」(特に4:00~のギター音感覚)を並べるといっそう視界がクリアになるはず。そしてこうしたエリアに「歌」を乗せようとしたのがStereolabである。似た演奏がセクションごとに色彩だけ変えて繰り返される点は『Neu!2』的とも言える。

Harmonia 『Musik Von Harmonia』(1974)

同郷のClusterメンバーとミヒャエル・ローターが合流して制作された、次作『Neu!75』にも繋がる重要作。ele-kingに野田努さんの名文があるのでまずは読むこと。

そして、Neu!関連としてぜひ聴いてほしいのが「Dino」である。Neu!以外の何物でもない楽曲だが、面白いのはリズムマシーンの反復でハンマービートを模擬できているところだ。

Suicide 『ST』(1977)

音楽性は異なるが、執拗な「反復」という点で並び立つ存在。着目したいのは、Harmonia同様にリズムマシーンによる反復であり、かつまったくNeu!を感じさせない点である。クラウスは自身の反復リズムについて「前進する」人間の体温を訴えたが、本作のビートに体温は無い。この方向性は、のちにインダストリアルを切り拓いていくこととなった。