井上陽水『white』
トラックリスト
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下線付きはリードトラック、★付はベストトラック
| # | 曲名 | 作詞 | 作曲 | 編曲 | プロデュース | 時間 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ★青い闇の警告 | 井上陽水 | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 5:32 |
| 2 | ミス コンテスト | 井上陽水 | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 5:27 |
| 3 | white | 井上陽水 | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 2:55 |
| 4 | 愛の装備 | 井上陽水 | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 4:47 |
| 5 | 迷走する町 | 井上陽水 | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 4:19 |
| 6 | ダンスの流行 | 井上陽水 | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 3:54 |
| 7 | 甘い言葉ダーリン | 井上陽水 | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 4:39 |
| 8 | 暑い夜 | 白石ありす | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 4:37 |
| 9 | 灰色の指先 | 井上陽水 | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 5:16 |
| 10 | Bye Bye Little Love | 井上陽水 | 井上陽水 | 星勝 | 井上陽水 | 4:59 |
1977年、井上陽水は逮捕された。大麻所持容疑である。その執行猶予期間中にリリースされたのが本作『white』だ。オリコンチャート上は3位を記録しているが、それまでの飛ぶ鳥を落とす勢い──『氷の世界』が日本ポピュラー音楽史上初のミリオンセラー(!)、前人未踏の2年連続年間アルバムセールス首位(!!)、前作『招待状のないショー』も9週連続1位(!!!)──に比べると、明らかに世間の注目は去っていっていた。実際、井上陽水を語る際にこのアルバムをわざわざ取りだして来る人は中々いない。
しかし自分はこのアルバムがとても好きである。ここには、SSW井上陽水があのサングラスと笑顔を身に着ける直前、最後の素顔の眼差しが収められている。いうなれば、生きている以上まとわり続ける虚無的な重さを携えた一枚である。稀代のSSWが、逮捕と留置所生活を経て、あらためて世界を見まわし直した一作だ。ぜひ聴いてみてほしい。
tr.1 「青い闇の警告」
留置所で書かれた、再出発にともなう宣誓となる曲。「青い夜がささやく こんな夜は気をつけて」と、悪魔のささやきに飲まれることを警告をし、「おれは心を変える おれは心を変える」と改心も謳われる。が、井上陽水が、“逮捕”されたことをこんな言葉で済ますわけがない。留置所あるいは執行猶予期間中の彼はこんな言葉を紡いでいる。
何か未来の事をすぐに知りたい俺は
指にダイヤルからませ明日の日付で廻した
この曲で印象的なのはサビ終わり、まさに悪魔の誘い・笑い声のようなコーラスで、これは歌謡らしい音楽技法(Key=AmにおけるE)によるものだ。しかし注目したいのは、この曲が明らかに不敵で不遜な表情を持っているところである。その一端を担っているのがブルーノート、ブルーズのヒネた響きを携えたE♭(Key=AmにおけるF7)。「星のこぼれた夜に 窓のガラスが割れた」まではAマイナーのクリシェで、思いつめた表情と響きが宿っているが、「オレは破片を・・・」「心の様に・・・」で現れるF7に、そのヒネた表情が浮かび上がる。そこにこんな歌詞が連なっていく訳だ。
俺はこたつで生まれ 狭い風呂場で遊び 重い毛布にくるまり 夜の間に育った
今の住所はここで 固い扉が守り 俺はつめたい息をし 水を飲むたび凍らす
シビれる言葉遣いだ。反省とか更生とか、そうした次元をひとつ離れたところから言葉を放っている。
盟友「星勝」による引き締まったバンドサウンドはSteely Dan──『The Royal Scam』が近いく、かの『Aja』は前年1977年にリリースだ──を想起させる。ギターは2026年の今に再ブレイク中の「高中正義」氏に、椎名和夫氏。。鉄壁。その詩曲・演奏とも冴えわたっている。出戻り一発目に相応しい、この人らしい改心、もとい会心の一撃。
tr.2 「ミスコンテスト」
「ミスコンテスト」という言葉が持つだろう華やかさを根こそぎ奪って淡々と惨めに潰していくような風刺曲。 前曲に続いてこのアルバムの初対面を決定づけている。特に何か波がある訳でもなく5分30秒を重ねていく。売る気があるのか!?しかしその視線は鋭い。特にカメラアングルが素晴らしい。
陽水自身もライブアルバム『クラムチャウダー』で選曲しており、自信作のひとつなのだと思う。ある意味真骨頂。ただこれをシングルカットまでしてるのは無謀すぎだと思う。順番を決める封筒が届いた 審査委員長はムツカシカッタと言う
誰も見ていない舞台の裏で 何も決めてない掃除婦が働く
tr.3 「white」
さりげない名曲では?いつにもまして日本民謡チックなメロと符割りで紡がれる日本語が光っている。ここでは3人の子供が登場する。
そしてそれぞれこう結ばれる。「嘘をつく子は日暮れの別れの時の居場所がわからない」
「傷のない子は夜道で足をふみだすリズムがわからない」
「夏の日ざしに麦わら 夢のない子が遊びに出かけた」
ここに『white』の、SSW井上陽水の世界観を見る。それは「風通しが悪くないだけの無常」みたいなものである。それがAORのスタイルに乗ってしまう。タイトルトラックに相応しい、ベストトラック候補。「ミルクを飲んでも同じでしょうか?甘いミルクを飲んでも白いだけです。」
「灯りをつけても同じでしょうか? 強い灯りをつけても白いだけです。」
「風向きしだいで変わるでしょうか? どんな風向きだろうと同じ事です。」
tr.4 「愛の装備」
シティポップのように優雅なストリングスが舞い散る中、陽水の鮮やかなハイトーンが吹き抜けていく名曲。Aメロのコード進行が非常に洒落ている(DM7 Dm7 CM7 Gm7)のでぜひ弾き語ってみてほしい。何より、カップルの逃避行を「愛を装備した車が」と歌うセンスに脱帽。「すべての事があざやかな今」から始まる煌めくアウトロは。完全に山下達郎の世界である。
全体的にあまりにロマンチックで、ファンタジーといっていいくらいの眩さがある。本作において、この曲だけが現実から浮いて夢を見ている。『white』に紛れ込んだ未来の井上陽水と言えるだろう、キャリア上でも重要な曲。末尾でもう一度ふれよう。
tr.5 「迷走する街」
侘しく、濡れたバスタオルのような重さを持つ曲。鉄道、汽笛、車とつなげたところで「限りない空から落ちてきたのは行き先を忘れたジェットエアプレーン」で街の景色へ一気に視線を落とす、このカメラの移動がこの人らしい。暗い風景の中で、間奏の旋律が束の間美しい。力作。
tr.6 「ダンスの流行」
そしてこの辺の曲順が、いつもこの人のアルバムの嫌いで好きなところなんだけど笑、重くなりすぎても軽くなりすぎても、こうやってちゃぶ台を返そうとするのだ。「いや、オレはそうじゃないよ」と。まぁこれはCDの印象であって、当時はこれがB面始まりだったみたいだ(ということは、A面は「青い闇の警告」で始まって「迷走する街」で終わるのか。なんて暗い……)。
しかし曲調に騙されずによくよく言葉を追うと、かなり怪しい歌詞である。
「よろめいてつまづいてかたむいてころがって楽しんで苦しんで踊りを続けて」は素直に若者の無軌道さを表してそうだが、「朝まで夢も見れずさまよう」「ニ人の距難は近く遠い」は、かなり寂しい描写だろう。「君の赤いリボン落ちてどこかになくしてしまった 僕の白いシャツはぬれてもうじき病気になるだろう」も、処女性の喪失と、性病の感染といったメタファーを浮かべられる。最後はこう締められる。
ダンスに対して、リズムの外を持ち出してその腰を折るこの目線。それを楽しそうに歌い切ってしまう!やはりただ者じゃないと思うのだ。直接的な悲劇を哀しく歌うさだまさし的なフォークとは真逆の詩世界。たぶん、この人は笑顔を携えたまま人を刺せる。タンス、ダンス、ダンス、ダンス、ダンスでゆれてる毎日
背を向けて立ち止まりひきずってごまかしていたわってうら切って
いつまで踊ればリズムの外で君と休める?
リズムの外で君と休める?
tr.7 「甘い言葉ダーリン」
フォークを離れ洗練されていく陽水の、過渡期を捉えた一曲。素晴らしいベースはLeland Sklar(!)、キーボードはスティービー・ワンダーつながりかGreg Phillinganes。アウトロの2人の掛け合いはまさに甘い。とろけるスイートボイスも、のちの『9.5カラット』を予言するようだ。
ただやはり歌詞は一筋縄ではいかない。「眠られるゆりかごは売ってない」「かがやいた言葉だけ売ってない」「明日を見る目薬は売ってない」という羅列、「想い出と指切りは売ってない」に連なる「甘い言葉ダーリン 早く早く」には、恋に浮かれて現実が見えていない少女を、寓話のかたちで照らすストーリーテラーの姿が浮かぶ。間違いなく『white』の世界の1曲。
tr.8 「暑い夜」
奇妙なコード進行と歌詞を持つ、陽水節の効いたファンキー・ブルーズ。作詞を務めたのは白石ありす。譜割に対する字余りが目立つが、むしろ陽水はそれを楽しみ、自在に語尾を伸縮させ遊んでいる。バンドメンバーのソロもキマっており、歌手、プレイヤーそれぞれの運動神経の高さが良く出ている。1992年のSPARKLING BLUEツアーでも取り上げられているが、その楽しそうなこと。
コチラのブログでは「Aメロはチャック・ベリー “Memphis, Tennessee” から拝借」と紹介されている。慧眼。そこからサビにかけて暑苦しいコード展開に雪崩れ込むあたりがオリジナリティ。
tr.9 「灰色の指先」
良い流れをまた断ち切る、「ミスコンテスト2」的な楽曲。そこにいた掃除夫、つまりある労働者一人にフォーカスして歌いなおしている。
「彼の職業はプレス加工」「アルミニウムを曲げて伸ばす」「この街で205人が今日生まれ 203人が死亡」など、全体的に言葉遣いと詩世界に安部公房を感じる。妙に物理的な名詞と、数字が並んでいるからだろうか?
tr.10 「Bye Bye Little Love」
マジメな大バラード。ここまでの流れからすると急に大げさすぎる気もするが、今から振り返ると、SSWとして、「心もよう」に連なるセンチメンタルな陽水自身への別れの手向けだったようにも聞こえる。
そもそもこのアルバムは、アートワークからして挑発的だ。コップを鼻に当てるポーズは吸引を連想させ、およそ大麻で逮捕された人間がその出戻りに選ぶものではない。同時に、それが赤いことによって、栄光から逮捕へのパッシングをピエロとして自虐しているようにも見える。
二重の意味で、曲題の「Bye Bye」には突き放したものを感じる。
このアルバムがとても好きである。それは、歌謡的な愛憎より、もっと乾いた無常の空気を捉えようとしているからだ。聴けば聴くほど「幸せ」のイメージから遠く、この世界で呼吸することの重さを、間接的に意識させてくる。その中で、軽やかに煌めく「愛の装備」だけが浮いている。それはファンタジーとして現実から浮いた景色だ。そして陽水はこちらの方角を選んだ。本作は最後の”素顔”のアルバムだろう。
井上陽水『white』
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この後、彼はあのサングラスをかけて、あの口角を上げた笑みを──その表情を裏に隠し始めるのである。
井上陽水が、グニャリと変形しだす。
(続)
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『ハンサムボーイ』よろしくの表紙だが、100ページ超にわたり井上陽水が語られ続けるガチ特集ムック。ここまで書いてあって、かつ今読むのも容易な本は、これしかないのではないか?
この記事では『招待状のないショー』に至るまでの軌跡を総スルーしているが、この本で辿り切れる。というか全作ディスコグラフィ + 重要人物紹介(コメント付き) + 本人インタビュー + 各界の著名人の曲語り、コラム諸々とスキがない。オススメです。