TelevisionがMarquee Moonに辿り着くまで
「完璧なファーストアルバム」と呼ばれるものがある。それは例えばThe Velvet Underground & Nicoのそれであり、The Stoogesであり、Patti Smithであり、Television『Marquee Moon』である。
本アルバムの功績は数多くあるが、最大の達成のひとつにこの表題曲がある。「Marquee Moon」は、まさに完璧なフォルムをした孤高の名曲に見える。
しかしこの曲は、ある夜突然生まれたものではない。アルバムに収められたフォルムに行きつくまでに、少なくとも3年以上の月日を要している。今回は、その着想元の楽曲が何か、あのイントロが何故生まれたのか、彼らがどのような道程でこの楽曲を完璧なものに近づけていったのか?そんな軌跡を、想像を膨らませつつ追ってみたい。
・・・・・
序章:クライマックスの夢想
Televisionは主にポスト・パンク※1上に位置付けられるため意外かもしれないが、フロントマンであるTom Verlaineの音楽的ルーツはメジャーなところにある。コルトレーンやスタン・ゲッツといったジャズからの影響は他記事に譲るとして、ロック周りで本人がよく語るのは、まず文学少年としてのThe Doors。ギターに目覚めたキッカケはThe Yardbirds、Kinks「All Day and All of the Night」、Rolling Stones「19th Nervous Breakdown」あたりが定番だ。
ここで自分は、他に影響を受けた(あるいは似た視線を持っていた)だろうギタリストとして、The Paul Butterfield Blues BandのMike Bloomfieldを挙げたい。具体的には「East-West」のことだ。1966年、ブルーズバンドが生み出した13分ものジャム。Miles Davis『Kind of Blue』のモーダルジャズとラーガに影響を受けつつ、サイケに傾倒して異なるセクションを一繋ぎにした大曲である。
ドラムの質感こそ違うが、スッと入ってくるリードギターのトリルに思わずハッとするだろう。2:50からワンコードで展開していくギターソロの構成……弾き倒す時の運指、一呼吸の置き方、利用スケール、トーン、 4:50あたりの泣きより啼きに近いチョーキング、痙攣的な振るわせ方、7:10からの静に対するクリーンでどう広げるか模索する手つき、なんならピッキングミスの感じまで、Tom Verlaineが弾いている?と錯覚するくらい、そこかしこにルーツが感じられる。
特に注目したいのは、11:55から聞こえてくる上昇フレーズ、そしてジャッ・ジャッ!のキメだ。ここにMarquee Moonのあの壮大なクライマックスの着想があるように思う。
・・・・・
幕間:奇跡のイントロ
Marquee Moonといえば、あのイントロの、テロテロテロテロテーである。自分は2010年くらいに初めて聴いたが、リアルタイム当時の1977年にも、今の2020年代にも、ここまで鮮烈な印象を残すフレーズはそうなんじゃないだろうか。
このフレーズは、ある夜に偶然もたらされたのだろう。しかしその偶然は、ギターのスタンダードチューニングが生み出した奇跡だったと言える。仮にこのフレーズをピアノで、五線譜の上で弾くならこうなる。

F#-BとE-A。16分でこの2鍵盤をテロテロと連弾することは考えづらいが、和音としては完全4度と呼ばれる組み合わせなので、鳴らす可能性はゼロじゃない。問題は次の小節だ。

D-F#とC-E。同じリズムで下降させたのに、何故か完全4度を長3度の組み合わせに変える。鍵盤を前に偶然こうは続けないだろう。このフレーズは、五線譜上に規則性が薄い。
しかしギターの楽譜、Tab譜上では完璧な規則性がある。

難しいことは何もない。1、2弦にて、人差し指で5フレットを押しておき、中指で7フレットを押しては離す。757575757-。そうするとテロテロテロテロテーになる。

そのままその形を、2、3弦にずらす。
以上。
なぜ完全4度が長3度になったのか?ギターのスタンダードチューニングは、1、2弦が完全4度、2、3弦が長3度の関係だから。
以上。
恐らくはこうしてこのフレーズは、偶然に、奇跡のように生まれ落ちた。完全4度と言ってもピンと来づらいと思うが、最初のフレーズには「固い」「鋭い」といった印象を得ないだろうか?そして続くフレーズ(長3度)には「意表を突かれた」「予想外の」響きを感じ取るんじゃないかと思う。この2つのコンビネーション。ロック史上に名を残すこのイントロは、「ギターによって導かれた旋律」だと言える。
・・・・・
クライマックスへの夢想と、奇跡のイントロが揃った。
だけども、これで「Marquee Moon」が完成する訳ではない。
・・・・・
本編:月に辿り着くまで
Marquee Moonがマーキー・ムーンたるには、すくなくとも下記の閃きが必要と思う。
①イントロからの「I Remember…」
②プレコーラス部のフレーズ(タータラターター)
③コーラス部の複雑なセクション
④長尺ソロの終わりを告げる上昇フレーズ、からのキメ、霧散※2
ここからは実際の演奏の変遷を追ってみよう。
第1章:【1974年前半】Terry Ork’s Loft
Televisionがファーストアルバムをリリースしたのは1977年だが、ライブ活動を始めたのは1974年2月である※3。ベーシストがRichard Hellがだった時代だ。これは最初期のTelevisionを収めた貴重なリハ音源で、全貌はInternet Archiveから辿ることができる。
かなり劣悪な音質で、演奏も荒すぎ、特にドラムは崩壊しているが、ワンコーラス聴いてみてほしい。ここには①のイントロがあり(休符は異なる)、驚くことに、Tom Verlaineは既に「I remember how the darkness doubled」と歌い出しているし、大枠のコード進行とメロディの構成も固まっている。
しかしこの演奏は、最終版『Marquee Moon』の鋭く冷たい地平から、まだはるか遠い。
まずここで、初期の彼らがガレージパンク然としたバンドであることが理解る。音質の印象もあるが、それ以上にプレイの印象だ。コーラス部ではスキマ無くストロークがかき鳴らされ、ドラムはロックンロールを演ろうとしている。2:40からの第一間奏はガレージロックの推進力だ。浮かぶのはMC5やThe Stoogesに似たエネルギーである。
本録音が行われたのは、のちにOrk Recordsを経営するTerry Orkがチャイナタウンに構えていたロフトである。ギターのRichard Lloydはそこの一室に転がり込み、アンプも繋がず黙々とギターを弾き続けていたという。Tom Verlaineもまた、アパートから浮浪者の多いBowery通りをひた歩いてはこのロフトで演奏を重ねた。
月への歩みは、そんな薄暗い雑居部屋の片隅から始まった。
・・・・・
第2章:【1974年後半】Brian Enoとのデモ制作
一方そのころ、RamonesとPatti Smithの躍進によってNYのローカルシーンは一気に注目を集めていた。そこに目をつけたのがIsland Recordsで、一目散に駆けつけたのがBrian Enoである。TelevisionとEnoが出会った──1974年12月の出来事である。
レコーディングは3日間行われたが※3、まず一聴して分かるのは、明らかに演奏がソフィスティケイトされてしまっているということ※4。この音源は結局、バンドの意向によって封印されてしまう。これは相当な決断だったと思うが、後の完成形を想えば英断だった、と今は言えるだろう。
しかし聴きどころは多い。
ここでのコーラス部は、往年のロックンロールのようなハモリが入ったものとなっており、The Velvet Undergroundを想起する姿を映し出している。逆にそうだと思われたくなくて、最終的にあそこまでヒネた③のアレンジに辿り着いたのではと邪推する。
そして4:50からあの「上昇フレーズ」が登場する。この時点ではもう一度ソロを経由するものの、あらためて6:00からキメが入り、霧散する。一繋ぎにはまだなっていないが、④のカタルシスへのパーツがこの時点で出そろっている。
またピアノも耳を引く。おそらくはエンディングを盛り上げる為にTom VerlaineまたはEnoが加えたのだろうが、6:25の霧散、その1小節目の旋律の煌めきは、後のオリジナルにも断片的に引き継がれている。一方、2小節目以降の、ワンコード上でサイケ的に展開したフレーズは完全に排除されているのが興味深い。これは推測だが、当時のバンドとして真っ当すぎるこの完成音源を経たことで、「この曲をサイケやガレージロックとして仕上げたくない」という方向性が固まったのだと想像する。

定まった方向性は、バンド内での亀裂ももたらした。1975年3月、初期メンバーのRichard Hellが脱退する。その理由は、のちのHellの音源、ニューヨーク・パンクの殿堂入りを果たしたサウンドを聴けば一目瞭然だ。添えておくが、The 13th Floor Elevatorsをカバーしているように、Tom Verlaine自身はサイケやガレージロックに強い愛着を持つ人物である。しかし、Televisionはそうした道を同じように歩もうとはしなかった。
彼らはまだ暗い夜道を歩き出したのである。
・・・・・
第3章:【1975年~】アルバム録音前夜
後任にFred Smithが参加することで、ファーストアルバムの編成が整った。これは1975年、Brian Enoとのデモ制作経験をライブにフィードバックしていく模様を収めた貴重な音源だ。
入りが事故ってるのはさておき、40秒くらいから聴いてほしい。まずDr. Billy Ficcaのプレイがロックンロールを離れ、より16分とポケットを意識したタメの演奏に変わっているのに注目したい。Hellの直線的だったベースラインは、Fred Smithが曲線に描き直している。コーラス部もRichard Lloydがリードギターがけたたましく鳴らすものとなり、サイケからの脱却、原曲の形③に到達するまでの試行錯誤が伺える。
バンド全員が、同じ方向を見てこの楽曲を煮詰めていっているのが伝わってくるのだ。
そして間奏部6:00から。上昇フレーズ~キメ~霧散の流れが一繋ぎとなった。④の完成だ!恐らくは熟練のベーシストであるFred Smithが加わったことで、セッションのパーツが整理されたのだろう。
ここからの1年が、この曲を一気に高みに近づけていく。
Television - 1976-07-30 - CBGB, New York City, NY : Television : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
TelevisionKnockin' on Heaven's Door? > cdr > Easy CD/DA Extractor > FLAC (7).66:391. Fire Engine2. Poor Circulation3. Elevation4. Venus5. Foxhole6....
さらに翌年、レコーディング直前の音源を聴いてみよう。いつになくテンポが速いが、1:15~。②の最終2小節に完成版フレーズが聴きとれる。そして3拍子を挟んでからコーラスに入りこむ展開と、宙に手を伸ばすようなチョーキング……③も完成している。
①②③④。
あのフォルムが近づいてきた。
・・・・・
第4章:【1976年後半】『Marquee Moon』録音
そしてTelevisionは、満を持してファーストアルバムの録音を開始する。
その結果は誰もが知ったるところである。
ライブ演奏を追いながらオリジナルを聴くと、よく本作に寄せられる「冷たい」「鋭い」という評が、如何にレコーディング上だけの姿だったかがよく理解る。その録音を手掛けたのは、The Rolling StonesやLed Zeppelinを手掛けた名プロデューサー兼エンジニアAndy Johnsだ。しかし”その姿で収めよう”としたのは、間違いなく共同プロデューサーTom Verlaineである。
終章
「完璧なファーストアルバム」と呼ばれるものがある。『Marquee Moon』もそのひとつである。しかし、初めから完璧だった訳ではない。
あらためて思うのは、ある夢想が、アイデアが、語り継がれる名曲の形となるまでに、ここまでの年月を要しているという事実だ。
推測ではあるが、その曲想のルーツは、ラーガとサイケに影響を受けた60年代後半のジャムバンドにある。そのアイデアは、ギターという楽器の構造的な奇跡によって生まれている。そしてあるロフトの一室で、それは『Marquee Moon』と呼ばれ、形を持った。
しかし、そこからあの完璧なフォルムに至るまでは……幾多のセッションを続け、Brian Enoと出会い、挫折し、方向性を見直し、バンドメンバーが変わり、ライブでの試行錯誤を繰り返し、Andy Johnsが関わり……3年がかかったのである。
その事実と奇跡に、感じいずにはいられない。そこには何より、「才能」以上に「これを完成させる」という強い意思と、果てなき実践があったように思う。
Televisionが掴み取った奇跡は今も、多くのバンド・リスナーが羨望を持って見上げる夜空に輝き続けている。
彼らは月に辿り着いたのである。
(了)
※1. Televisionをポスト・パンクに括るのは時系列がおかしいのだけど、これは言葉が後から追いついためだ。のちに影響源として位置づけなおされたという点で、Talk TalkやSlintがポスト・ロック扱いなのと同じである。
※2. 個人的なツボとして「⑤長すぎる間奏からイントロに戻る」も挙げたい。自分はそういう楽曲や文章が好き。だがライブでは割とすっ飛ばされるため割愛する。
※3. 今回は主にWikiからの外部リンクと『レコード・コレクターズ1992年10月号』を参照した。本号は「NYパンクのB級ディスクガイド」と銘打たれた28選が面白い。
[特集]ニューヨーク・パンクとテレヴィジョン
Amazonリンク
※4. ちなみに、ノーウェーヴを記録した『No New York」は4年後の1978年に録音される。ここでのイーノは見事に混沌を収めている。彼もまた試行錯誤と実践の人である。
最後に、シングル盤のアートワークを添えて締めよう。
Ork Records: New York, New York
Amazonリンク
Ork Records : NewYork, NewYork (2015)
記事中に出てきた、最初期のTelevisionがリハを録音したTerry Ork’s Loft、その家主のレーベルのコンピ……と書くと矮小化しすぎだろう。Terry Orkはパンクレーベルの偉人である。面白い人なので詳しくは調べてもらうとして、始まりの曲順を見ていけばその偉大さがすぐに分かる。Television『Little Johnny Jewel』、Feelies『Fa Ce La』、Richard Hell『(I Belong To The) Blank Generation』……。すごい。しかし何よりここに収録された楽曲は、(変化球を投げているTelevisionを除くと)どれも伸び伸びとしていて気持ちがいい。これは『No New York』のように一聴して「ヤバい」となるものではない。しかし、当時のシーンが如何に素晴らしかったかを残した記録である。自分としては2010年代のインディシーンを間接的に思い出すし、本コンピを2015年にコンパイルしたのはNumero Groupである。本当にNumeroは偉大な仕事をしている。
イチオシが、ギタリストRichard Lloydが作曲しdB’sのChris Stameyがボーカルをとった「(I Thought) You Wanted to Know」。本当に良い曲で、1978年にして、後のR.E.M.に先駆けるようなジャングルポップの名曲である。Velvet Crushだ!と思う人も多いはず。最後のノイズ爆散まで完璧なギターポップなので必聴されたし。
余談。今回はMarquee Moonに筆を譲ったが、もちろん自分は『Little Johnny Jewel』も大好きだ。しかし、このシングルバージョンはどうしても受け入れられない。なぜMarquee Moonがあの形になるまで3年以上待てたのに、本曲はこの形で一度リリースしてしまったのかと思うのである。これこそまだデモだっただろうと。この曲については、また違う作品で語ろう。
Geese 『Projector』(2021)
同じくニューヨークはブルックリンから、一気に40年飛ばしての新鋭を。2025年の『Getting Killed』でのブレイクも記憶に新しいが、彼らはライブのアンコールで「Marquee Moon」をフルカバーするなど、Televisionに強いリスペクトを持つバンドである。本作『Projector』はディスコグラフィの中でも特にポスト・パンクに接近した内容で、直系ではないが、先のOrk Recordsのコンピレーションに続けることで、今のNYの息吹を感じられるはずだ。「Fantasies/Survival」が大好き。
Matthew Sweet 『100% Fun』(1995)
今回は記事の趣旨上大きくふれなかったが、Richard Lloydも最高のギタリストである。ソロ作を紹介しても良いのだけど、ここは本作収録のパワーポップ大名曲「Sick of Myself」、ここで聴けるギターソロを一番にオススメしたい。Televisionに感銘を受けた中高生の自分は、そことパワーポップが繋がるなんて全く想像できなかったので、しばらく同名の別人だと信じていた。5曲でリードを録っているのだが、どれも必聴。
Richard Hell and The Voidoids 『Blank Generation』(1977)
最後、こちらも大きくふれられなかったが、Richard Hellをスッ飛ばすわけにはいかないだろう。言わずもがなニューヨーク・パンクの代表作である。彼の強烈なビジュアルイメージをMalcolm McLarenが持ちかえってSex Pistolsのコンセプトが固まったのも有名な話だ。表題曲はSpotify上で2000万再生を数える代表作で、1975年までのTelevisionのライブ音源のセットリストにも含まれている。
Tom VerlaineとRichard Hellは高校からの友人で、Televisionの前身としてお互いNeon Boys名義でバンドを結成している。ここにRichard Lloydが加わり、ツインギター編成になって生まれたのがTelevisionである。今は良い時代なので、Neon Boysとして1972年に残したデモテープ音源にもすぐアクセスできる。ぜひこの記事の、Marquee Moonに至るまでの経緯、別れと完成へ至る道程の余韻とともに聴いてほしい。この3年後に彼らは方向性の相違から袂を分かった訳だが、なんというか、本当に、初期衝動を響かせ合っているバンドの、音を鳴らしあうことの楽しさに満ちた演奏である。。確かに彼らは、音楽を愛する仲間だったのだ。
The Richard Hell Story
彼の軌跡を収めた編集盤。そのOPはもちろん、Neon Boysである。

まだコメントはありません