音楽

Larmousse『Larmousse』

Larmousse『Larmousse』

トラックリスト

評価は黒字 < 太字 < 赤字 < 赤太字
下線付きはリードトラック、★付はベストトラック

# 曲名 作詞 作曲 編曲 プロデュース 時間
1 Static Phase Larmousse 10:27
2 A Universal Hello Larmousse 10:38
3 Relics and Artefacts Larmousse 6:53
4 ★Tape Larmousse 12:57
Review 82 / 100

それは2000年代のいつごろからだったか──「ポストロック」という言葉の指す音楽が、「ジャンル」の輪郭を持ちだしてしまった。

すこしだけ振り返ろう。SlintにTortoise、Bark Psychosis、あるいはSigur RósやMogwai……そういったバンドたちが鳴らした音が「ポストロック」という言葉でひとまとめにされ、リスナーに、ミュージシャンに浸透していった。もちろんそれは美しい必然だっただろう。彼らの音楽性は、確かに何かしらの線で結びうるものであり、間違いなく新しい言葉を与えられるべきものだった※1。ただそれは、あくまで不定形の、可能性としての美だったはずである。

それらはある種の「理想形」としても巨大に佇んでしまった。その理想形に向かって、あまりに実直に、真摯に、フォロワーたちが並んでいった──ように感じる時期があった。ジャンルとしての(そもそもジャンルではなかったはずだが)、形骸化である。

・・・・・

そこで、こんなアルバムを取りあげたい。本作は、そうした形骸化が始まる少し前、2000年にリリースされた作品である。

Larmousse。メンバーはCliff Henderson, Scott Wallace。おそらくピンと来ないだろう。どうやら彼らは本作以外に作品は発表しておらず、インタビュー記事なども引っかからないので、謎の存在である。一番雄弁に語ってくれるのはリリース元だ。本作の発売レーベルはCity Slangである。The Flaming LipsやBuilt To SpillにYo La Tengo、Tortoise、The Album Leafといった名前をヨーロッパに届け、インディーロックとポストロックへの転換期を共に歩んできたベルリンの名門レーベルである。彼らの出身地も参考になるだろう。グラスゴーだ。興味を引いてもらえたかと思う。


アルバムを聴く

本作に気の利いたリードフレーズを添えるなら、Yo La TengoとBark Psychosisの幸せな結婚、とでも言ってみたい。ここには、そのどちらかを「理想像」として音を組み立てていったのではなく、「両者を愛していた人間が、自然に溶け合った”それ”を、自分たちの音で鳴らし代えた」、そんな音が鳴っている。

それは4曲40分の風景画である。1曲ずつ見ていこう。

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tr.1 Static Phase

このバンドのことを知らないとしても、この1曲目を聴けば良いバンドだということはすぐに分かると思う。2000年代前半らしいアルペジオとともに、囁くような歌い出しが──と、聴いててすぐ「好きなやつだ」と思わせてくれるだろう。この手の音楽性として驚くのが、思いがけないスライドギターの導入と、強く響き渡る低音ベースの鳴りである。低音と中音域の立体的な鳴りだ。心地よく微睡んできた4:50に、今度は生々しいギターが耳に直接刻みこまれて変調をみせる。ここからは反復するドラムがバンド全体としての、各パートが絡んだ立体感を立ち上げていく。レンジの広い、とても豊かな表現だ。この時点で彼らが単なるフォロワーでないことが伝わってくる。

音の広げ方はYo La Tengo、組み上げ方はBark Psychosisからの影響を感じる。しかし前者ほど(ベルベッツ的な)ミニマムな反復感はなく、後者ほどドラマチックな展開にも手を出さない。そこにこのバンドの美学を見る。あくまで「箱庭」としてのスケール感だ。後半、ジィーッッッと滲むフィードバックギターのアプローチに、Tortoise「TNT」が浮かぶひともいるだろう。名曲。

tr.2 A Universal Hello

唯一の(といっても4曲しかないが)マイナーキー開幕曲。その雰囲気も相まって、出だしは本作中一番スロウコア成分が強い。なんだかSlint「Good Morning, Captain」でも始まりそうなイントロだが、キーボードとグロッケンで色彩を加えながら楽曲は鮮やかに弧を描いていき、5:00で底に落ち着く。この時間帯は、Bark Psychosis「A Street Scene」後半部に似た、静寂の表現である。舞っていた枯葉が地面に辿り着いた、そんな景色が浮かぶ。

そしてもうひと風が吹き、違う鼓動(6/8拍子)でもって再浮上していく。Medicine的なシューゲイズ・ノイズが差し込まれ、轟音に向かうかと思いきや、思わぬスライドギターによってジャンルを巻き直し、スタート地点とは全く異なる場所に辿り着いて楽曲は終わる。いかにも「ポスト・ロック」らしい、ひとつ物語を聴き終えたような満足感のある1曲。

tr.3 Relics and Artefacts

1曲目の変奏のような雰囲気だが、変拍子(6/8 + 2/4の5拍子)によって、異なる時間感覚を現出させている。
シューゲイザー的なアプローチで左から入ってくるギターが良い。ゆっくり画面を塗りつぶすように広がり、スッと消えて、今度はピアノが同じ役割を引き継ぐ。このあたりの音感覚に、ロックバンド然としていない彼らの音楽観が伝わってくる。それぞれの楽器は「その場の質感」のために出たり入ったりするのだ。

アウトロにて、たどたどしい足取りで現れるシンセベースの素朴さに惹かれる。そこにリバーブ全開のピアノとグロッケンが少しずつ彩りを加えていき、フィル・スペクターのような世界が立ち上がっていく。子供が夢想するという意味での「ドリームポップ」を感じる。眩く消えていく幕引きといい、本作のハイライトといえるサウンドスケープだ。City Slangが本作をリリースしたことにも納得しかない。

tr.4 Tape

最もYo La Tengo 的な陶酔感をもった、本作のベストトラック。じんわり、じんわりと音が寄せては返して少しずつ沁みこんでいくような13分間。3/4拍子のワルツと美しいアルペジオで進行するため、人によっては「エモ」を連想するかもしれない。実際後半にドラマチックな展開も用意されているのだが、安易な「轟音」というより、音が全方位にワーッと鳴りわたっていく、360度視界が開けるような感動となっている。この曲に関して言えば、Sigur Rósの名曲「Svefn-g-englar」がリファレンスとして挙げられるはずだ。

11:20から現れるピアノフレーズが、本当に美しい。4小節目末尾の音に、何とも言えない余韻が宿っている。モードでいえばミクソリディアン(Dに対するC)な訳だが、それはこの響きに宿った魔法を説明するものではないだろう。

めいいっぱい引き延ばされた音が断ち切られ、アルバムは終わる。ライブハウスで、音がフッと止まって終演を告げるような瞬間を感じさせる。


「ポストロック」というのは難儀な言葉だ。それは指針、あるいは美学として、大勢の心をとらえた。しかしそこに実態は、完成形は無い。ただ「言葉のイメージ」があるだけである。それでも、“あんな感じの”を求めて、多くのミュージシャンが、リスナーが、その領域に至ろうと音を辿っている。

こうした音楽を作ってみたい、そのヒントのひとつ。
こうした音楽を聴きたい、その傑作のひとつ。

Yo La Tengo『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』(2000)

同年に、同じくCity Slangからリリースされた、彼らの「静けさ」を代表する一作。多彩な彼らなので具体的に挙げておくと、オープニングの「Everyday」とクロージングの「Night Falls on Hoboken」の空気感のことである。その関連は明確に伝わるはずだ。ただ、ベースラインのセンスと、どこまで同じ景色を周回しようとするかの時間感覚が異なる。特に後者において、この空気感のままもっと鮮やかな景色に向かっていけないだろうか?──と取り組んだのがLarmousse、という気がしている。

Bark Psychosis『Hex』(1994)

「ポストロック」という言葉が初めて使われたアルバムとして知られる、始祖のひとつ。Larmousseのスライドギターやピアノの導入、低音の質感、静寂の使い方など、具体的なフレージングというより、楽曲へ音を抜き差しする際の所作に強い影響を感じる。そして、どこまでドラマチックに展開するかという点が異なる。Yo La Tengoよりは展開したいが、Bark Psychosisほど抒情的に景色を広げたくなかった──と取り組んだのがLarmousse、という気がしている(妄想)。
そしてもちろん、Bark Psychosisの前にはTalk Talkがいる。しかしこちらはLarmousseにはそこまで影響していないように感じる。この辺が音楽の面白さ。

Movietone『Day and Night』(1997)

ひとつ視点を変えて。ブリストルから生まれた、チェンバーポップとジャズ、スロウコアなどが混ざり合った一枚。音楽性として強い関連がある訳ではない。が、異なるジャンルから、似たような美学(方角)に向かって鳴らした音楽、として並べられるはずだ。

※1. この辺りは、日本において「ポストロック」「シカゴ音響派」の語を広めた立役者、佐々木敦さんの『「批評」とは何か?』を読むと良い。もちろんここで挙げたバンドたちは、ふつうに聴けば全く異なるバンドである。が、ある種の強引さでひとまとまりに並べられても、納得しうる何かが確かにあった。すくなくともあの時代においては。